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アーバンギャルド "ガイガーカウンターカルチャー"

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Artist: アーバンギャルド
Album: "ガイガーカウンターカルチャー"
Label: Universal Music
Year: 2012

Tracklist
01. 魔法少女と呼ばないで (4:23)
02. さよならサブカルチャー (4:37)
03. 病めるアイドル (4:29)
04. 処女の奇妙な冒険 (3:44)
05. コミック雑誌なんかILLかい (5:14)
06. 生まれてみたい (5:00)
07. 眼帯譚 (4:32)
08. 血文字系 (5:01)
09. トーキョー・天使の詩 (3:56)
10. ガイガーカウンターの夜に (5:03)
11. ノンフィクションソング (4:44)


トラウマテクノポップを不敵に標榜するポップ・バンド(ユニット?)、アーバンギャルドのリーダーである松永天馬は、近年稀に見る『愛に溢れたミュージシャン』ではないかと思います。
まるで自意識が暴走しているかのように露悪的で、かつ漫画・アニメ・アイドルソングなどのサブカルチャーから、(純)文学などのハイカルチャーにいたるまでの様々な要素を引用/オマージュして楽曲/歌詞を作りあげるその手法は、個人的な好き嫌いはあるでしょうが非常にハイレベルなものであるということは疑う余地のないことではないかと思います。

インディーズ時代からすでに一筋縄ではいかないポップバンドとして名を轟かせていた彼(ら)ですが、個人的には特にメジャー以降ソングライティングにおける向上が目覚ましく、松永天馬の詩の世界観と見事に相乗効果を生み出す楽曲が書けるようになった印象を持っています。
そして、その傾向が(現時点で)最も良く達成されたのは、2012年に発表された"ガイガーカウンターカルチャー"であるとも。

タイトルからも分かる通り、今作は明らかに東日本大震災を受けての作品、ということができるのでしょうが、正直なところを申しますと、あれはただの切欠に過ぎないのではないかと思っています。
彼らが本作で本当にテーマにしているのは「生きること」そのものではないかと感じるのです。

そもそもが、サブカルチャー愛好家というかオタクというか…な日陰者を自分たちのターゲットとして活動してきた感のある彼らですが、メジャー以降目立って見えてきたのは、そういった日陰者に「生きること」あるいは「生きなくてはならないこと」を容赦なく突きつけることで、あえて鼓舞していくようなスタンスでした。
そういった傾向は、メジャー1stの最終曲'ももいろクロニクル'で歌われた「君の病気は治らない だけど僕らは生きてく」というフレーズにすでに顕著ではありましたが、今作ではアルバムを通してそういったことが歌われているように思うのです。

冒頭の'魔法少女と呼ばないで'からしてその傾向は顕著です。
数年前に流行った(一部で?)アニメ魔法少女まどか☆マギカを明らかにオマージュしたと思われる歌詞の奥に潜むのは、「ありのままの自分を自分として受け入れて生きていくこと」に他なりません。
「なりたいわたし」を魔法少女に見立て、彼女を取り巻く(「なりたいわたしになれないわたし」にとっては)魅惑的な世界を『まちがい』『まどわし』『まがいもの』と切り捨てていく姿勢は、彼らの主たるファン層からすれば、ある意味裏切りにも等しいものではないかと思いますが、しかしそれでも彼らは(そして我々は)「この社会で生きていくしかない」のです。
だって、魔法なんか使えないし。

また、続く2曲目'さよならサブカルチャー'ではそういったサブカルチックな嗜好は、自分自身が望まなくとも時の流れと共に忘れられていく≒大人になっていくことが「世界は終わらない でも少女の私が終わったの」という言葉で無情につきつけられています。(この一節は、個人的に本当に泣けるフレーズだと思いますが)
とにかく、1曲目から最終曲に至るまで、この世界/社会と我々の理想との間の「ズレ」が巧妙な切り口で歌われています。

しかし、我々は「生きていく」、いや、「生きていくしかない」のです。
そして、その「生きていって欲しい」という願いを、松永天馬は最終曲'ノンフィクションソング'にて「生きろ これは命令形だ」と愚直に(メインヴォーカルの浜崎容子とともに)歌うのです。「生きる」ということに対してこんなに真摯な態度をとるミュージシャンが、今どれだけいるというのでしょうか?

原発の問題なんかあろうとなかろうと生きることはそもそも苦しいし、でも私達は死にたくないのです。

インディーズ時代のソングライティングには(トラウマ)テクノポップを標榜するとおり、(ポップの範疇で)ミニマルなというか、淡々とした部分があったと思いますが、メジャー以降はその傾向はなりを潜め、むしろ松永天馬のそういったメッセージを強く打ち出すかのように、ドラマティカル/シアトリカルなものに変化していっており、このアルバムではその方向性がピークを迎えているようにも感じられます。
(昨年の3rd"鬱くしい国"では早くもそのドラマテックさ/シアトリックさをパロディ的に扱っている部分が出てきた印象を受けました)
そういったソングライティングと好対照をなす、浜崎容子のコケティッシュなウィスパーヴォイスも、理想と現実の狭間の微妙な「現実感のなさ」を表現しきっているようで、やはり必要不可欠なものであると思います。

ある意味日本のThe Smithsとも言えるバンドなのかもしれません。
しかし松永天馬は、The Smiths初期のモリッシーのような自覚の無い悪意/呪詛をまき散らす存在ではなく、真の意味で「愛に溢れた」人間なのだと言えます。
これから先にもっと大きな名作を残してくれるであろうと、今から期待しております。


↓Full ver.の埋め込みは無効なようなのでSpotを。是非youtubeで全曲を聴いてみてください。



坂本慎太郎 "ナマで踊ろう"

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Artist: 坂本慎太郎
Album: "ナマで踊ろう"
Label: zelone records
Year: 2014

Tracklist
01. 未来の子守唄 (2:10)
02. スーパーカルト誕生 (4:08)
03. めちゃくちゃ悪い男 (4:39)
04. ナマで踊ろう (5:40)
05. 義務のように (6:09)
06. もうやめた (4:52)
07. あなたもロボットになれる (4:02)
08. やめられないなぜか (3:38)
09. 好きではないけど懐かしい (4:02)
10. この世はもっと素敵なはず (5:44)
※初回版・通常版ともに上記のインスト盤(Disc 2)が付属


昨日のゆらゆら帝国の最終作に引き続き、本日は坂本慎太郎が今年発表したソロ2ndを紹介したいと思います。

昨日の更新でも申しましたが、ゆらゆら帝国は後期になるにつれ初期のガレージサイケから脱却/逸脱していき、最終的には「全てを宙吊りにする」かのような白昼夢的なサイケデリアに至りました。
その過程として音楽性も単純なロックから変化していき、"空洞です"の時点ではソウル/R&Bを想起させるようなグルーヴィーなサウンドやブラスなどの導入が見られましたが、その時点で最も特徴的に取り入れられていたのはミニマル(反復)的な要素であり、大々的なソウル/R&B化はしていなかったように思います。

それが目立って進行し始めたのはやはり坂本慎太郎のソロ活動においてです。
2011年に発表した1st"幻とのつきあい方"では"空洞です"を更に一歩推し進めたようなソフトロック的なサウンドへと変貌し、昨年のシングル"まともがわからない"を経て、坂本のサウンドは徐々に酩酊的でグルーヴに溢れるベースラインとゆるくファンキーなビートを中心にしたものへと移り変わっていきました。
1stにて自身がベースを弾いた経験からか、楽曲作りにおいて中心となる楽器自体の移り変わりが起こったと思われます。(実際、ソロになってからベースラインからのアレンジという手法をとっていることをインタヴューで述べています)
今作ではさらにラップスティールギターなども導入し、全体的にはハワイアンな、トロピカルなムードも匂わせはじめています。

しかしながら、ゆらゆら帝国時代から順当に(?)深化するサウンドスタイルとは別に、今作での歌/歌詞は今までの坂本の作風とはがらりと変わっています。
端的に言えば、言葉が非常にストレートなのです。

思えば、ゆらゆら帝国時代の坂本の歌詞は、抽象的なもの、あるいはよくわからない、漠然としたモチーフ(「ハラペコのガキ」だとか「夜行性の生き物」だとか)を中心に据えたものが多く、それは"空洞です"にてその音楽性が頂点を迎え、解散してしまうまでの間ずっと進行し、サウンドの変遷と相まって彼の音楽をどうにも「ぼんやり」としたサイケデリックなものに仕立てあげていたと思います。

ところが今作では、もっと直接的というか、深読みの余地もなさそうなほどはっきりした物言いが溢れていることに驚きます。

かつてこの国には 恐ろしい仕組みがあった
君のパパやママが 戦ってそれを壊した

でも思い出して そいつはいるよ
明日起きて 考えてみて

'未来の子守唄' より抜粋


このように、現代の日本社会を指しているかのような言葉が散見できるのです。
ゆるく、ダンサブルな雰囲気を強く漂わせる楽曲と、これら強烈な言葉の対比は、今作において好対照をなしており、坂本自身が語る「人類滅亡後に流れる音楽」という今作のコンセプトを見事に表現し、全体を通して非常に強いディストピア感を生み出しています。
上でリンクしたインタヴューでも、坂本は自身のポリティカルな姿勢について「音楽には反映しないタイプ」だという旨を語っていますので、これは大きな変化だと思います。

ただ、彼はこの言葉選びにより、音楽においてポリティカルな姿勢を打ち出そうという宣言をしたというわけでもないようです。
インタヴューで坂本は次のように語っています。

政治的な発言もしないですし、社会的なメッセージみたいなものも--もちろん普通に生きているんで、ありますけど--それを音楽で表現しようとは思わない。
思わないんですけど、今回は作品をSF的な設定にしたことによって歌詞を--深読みできないぐらいストレートだと思うんですけど--ストレートに言っちゃったほうが、単純に面白い、というのと、あと…意外と生々しくないっていうのを発見して。
僕個人の叫びに聞こえないっていうか。歌詞を単純化することによって、CMのコピーとか標語みたいな感じになる気がしたんですよね。それは強烈だし、なんか面白いなと。
今まで自分がとってきたスタンスと矛盾するとは思わなかったし。


この発言から伺えるのは、強烈な(あるいは、ポリティカル/イデオロジカルな)言葉を選択した背景には、単なる「表明」や「メッセージ性」が志向されているのでなく、むしろ作品全体のサウンドとリリックとの対比の中で言葉に含まれるメッセージそのものをメタ的な視点で見ることを聴き手に提示し、「言葉の力」を反転的に利用する狙いがあるということです。

思想や政治的な態度そのものを強く主張することで、むしろそれは記号的なものと化し、逆に彼本来の想いをぼんやりとさせてしまう。今作のリリックの示すところが誰にでも強く感じられる今の日本でこそ、これらの言葉はより強く記号化し、彼の狙いをよりよく達成しているようにも思えるのです。
歌詞単独で見ればそのスタイルが大きく変わっていながら、それがあえて「今」、「このサウンドと共に」提示されることで彼がバンド時代から志向していた「抽象的な」「全てを宙吊りにするような」感覚が今まで以上に巧みに達成されている、というのは非常に面白く、またミュージシャンではなく「シンガー」としての坂本慎太郎という個性が強く確立されたことを示しています。

そしてその個性は、今作のリリックとコンセプトが持つ「ディストピア感」をサウンドと相まって反転させ、「ユートピア」に変貌させてしまっています。
ネット上のレビューではRadioheadの"KID A"との共通点を見出すようなものが多く見られますが、確かに、あの作品も強烈なディストピア感を孕みながらも美しく、時には狂騒的なとも言える「快楽」をリスナーに提示していました。
さらに私が思い浮かべたのは(これも探せば言っている人結構多そうですが)、Sly & The Family Stone"暴動"です。こちらもやはり閉塞的なミックスや麻薬中毒となったスライ・ストーンの書いた歌詞が醸すディストピア感とは裏腹に、重心低めのファンクビートが生み出す酩酊的な心地よさが全編を覆い、不思議な「ユートピア感」にまで発展していたように思います。

個人的には、彼がソロに入ってからの音楽性を、ゆらゆら帝国との関係からどう捉えるべきか非常に迷うところがあったのですが、今作は文句なしの傑作であり、「シンガー坂本慎太郎」としてバンド時代とはまた別の個性を強く示した作品だと断言できます。
日本の"KID A"、あるいは現代の"暴動"と言ってしまうのは簡単ですが、むしろ、坂本慎太郎というシンガーが今作を生み出したということは、我々日本人がもっと誇ってもいいのではないでしょうか。






ナマで踊ろう(通常盤)ナマで踊ろう(通常盤)
(2014/05/28)
坂本慎太郎

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Sia "1000 Forms of Fear"

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Artist: Sia
Album: "1000 Forms of Fear"
Label: RCA Records
Year: 2014

Tracklist
01. Chandelier (3:36)
02. Big Girls Cry (3:31)
03. Burn the Pages (3:16)
04. Eye of the Needle (4:09)
05. Hostage (2:57)
06. Straight for the Knife (3:33)
07. Fair Game (3:52)
08. Elastic Heart (4:18)
09. Free the Animal (4:26)
10. Fire Meet Gasoline (4:02)
11. Cellophane (4:27)
12. Dressed in Back (6:40)


シーアの新作からのリードトラック'Chandelier'のMVを初めて見た時の衝撃を、どう語ればよいでしょうか。
シーアと同じ髪型のかつらを被った少女がコンテンポラリーダンスのように意味不明な踊りを見せることのヴィジュアル的な衝撃もありましたが、声が裏返ろうがお構いなしに叫び、声を張り上げるヴォーカルスタイルや、明らかに自身の経験と思しきアルコール依存症の辛さとそれによる自己否定の心情を赤裸々に綴った歌詞といい、何か責め立てられるような焦燥感が全編に充満していたことが、何よりの驚きだったのです。
以前動画で見た彼女のパフォーマンスにはこのようなネガティヴな要素はあまり見られなかったのも、その印象を強める要因となったのは間違いありません。

なぜ、彼女はこのような、悲痛な曲を書き、歌うこととなったのか?
4年前の前作"We Are Born"(未聴)が、彼女のキャリアにおける初のヒット作品となったそうですが、そのことは彼女にとって必ずしも良いことではなかったようです。
急激な注目は、彼女にとっては苦痛であることが多く、それにより強いストレスと不安を感じた彼女は鎮静剤とアルコール依存に悩まされることとなりました。事実10年には彼女の以後の活動やツアーの中止がアナウンスされる事態となり、彼女はこのまま音楽の世界から身を引くのかと思われていました。

しかし、彼女はやはり創作をやめることはできませんでした。
ビヨンセクリスティーナ・アギレラなどへの楽曲提供を、数は多くはありませんでしたがこなしつつ、彼女はショウビズの世界に名前を残し続けてきたのです。
2013年には、映画『ハンガー・ゲーム』に提供した楽曲でヴォーカルを取り(未聴ですが、The Weekndとのコラボレーションがあるとか)、ついに今年、シングルである'Chandelier'を発表したのです。
新作に対する要望はレコード会社からもあったようで、彼女は入念な打合せのもと「アルバムの宣伝のためのテレビ出演/インタビューなどはしない」「メディアに自分の顔を出さない」ことなどを条件に、二つ返事で新作のレコーディングを開始しました。

そのような経緯を経て制作された今作"1000 Forms of Fear"は、当然のこととしてパーソナルな雰囲気の漂う作品です。
リードトラック以外にも、自身の経験からくると思われる歌詞が散見されますし、それを歌う彼女の声はいつも以上に力が入った、まるで激情をぶちまけるかのようなものになっています。
唯一のテレビ出演(勿論楽曲は'Chandelier')でも、彼女は壁に向かい、観客に顔を見せぬままパフォーマンスしましたが、その声はスタジオ版以上に不安定で危うく、いつひっくり返ってもおかしくない(というか何箇所かでは実際にひっくり返ってる)ものでした。ですが、それがこの切迫感に塗れた楽曲に最良のニュアンスを付与しているのは間違いないのです。

サウンド面では「普通になった」という評価も聞かれるそうですが、このアルバムはその製作に至る経緯を見ても明らかに彼女自身がミュージシャンとして再度立ち上がるまでの過程とその想いをぶちまけることを目的としており、その「歌/声」を存分に活かす場をつくり上げるために、トラックはシンプルにされているのです。

全体的には閉塞感に満ちたダークな作品ではありますが、彼女はこの作品を作らなくては、あるいは、激情に任せて叫ばなくてはならなかったのでしょう。
これから先の活動がどうなるかはまだ未知数ですが、まずもって、この作品はシーアという人間の個人史におけるランドマークであり、傑作であることは間違いありません。




上でも紹介したThe Ellen Showでのパフォーマンス




1000 Forms of Fear1000 Forms of Fear
(2014/07/08)
Sia

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石橋英子 "car and freezer"

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Artist: 石橋英子
Album: "car and freezer"
Label: Felicity
Year: 2014

Tracklist(side car/side freezer)
01. たいくつなものがたり/there's a river (6:34)
02. 塩を舐める/car and freezer (5:09)
03. 私のリトルプリンセス/memory and dust (3:21)
04. 時を告げて/mr. cloud (5:45)
05. 遠慮だね/a part of life (4:18)
06. ゴリラの背/borderline in shadow (6:15)
07. ラップ・トップ・ブルース/waiting sign (8:28)
08. 幼い頃、遊んだ海は/tonight (4:16)


普段、私はあまり歌詞の内容を深く考えずに音楽を聴いています。
それは日本語でも英語でも変わりのないことで、言語的に理解ができようとできまいと、つい言葉を軽視してしまうというか、音の方ばかり傾聴してしまうのです。音楽好きには、私のようなタイプがある一定数はいると思います。
しかし、そんな私でも、石橋英子の新作"car and freezer"の、日本語/英語によるニュアンスというか、表情の違いには驚かされました。

先頃、ジム・オルーク山本達久とともに即興ユニットカフカ鼾としても作品を発表した石橋ですが、今回の録音はその二人もメンバーに含む最近のパーマネント・バンド「もう死んだ人たち」を率いて行われました。
それ以外にもU-zhaanなど数名のゲスト・ミュージシャンを迎えており、プロデュース&ミキシングはオルークが担当してます。

今作の特徴としては、日本語歌詞ver(side car)と英語歌詞ver(side freezer)の2枚組という変則的な形式でのリリースという一点に尽きると思います。
英語歌詞は石橋本人が、日本語歌詞は前野健太が担当していますが、単純な英語歌詞の邦訳というわけでなく、それぞれの内容もがらりと変わっています。
また、日本語・英語それぞれの響きの違いもはっきりと分かり、とても面白いです。
日本語歌詞は英語歌詞に比べより叙情的に、英語歌詞は日本語歌詞に比べより叙景的に聴こえるように思います。
ちなみに、日本語歌詞は言葉のつながりははっきりしているものの抽象的で、浮遊感の強い楽曲とあわせ、同レーベルのSpangle call Lilli line(ちょうど"ISOLATION""PURPLE"の時期)を思わせるようなところがあります。

そういった日英の歌詞による響きやニュアンスの違いを楽しむことができるのも、石橋による楽曲や、バンドによる演奏がしっかりとした土台を形作っているからであることは言うまでもないと思います。
チェロ/ヴァイオリンやピアノ/シンセの響きには非常に瑞々しく美しいものがありますし、小気味良くタイトで、洒脱なドラムスと、ゆったりとしたラインを描くベースはグルーヴを巧みに保ち、また、変化させていきます。
他にも、オルークによると思われる楽曲の急な転換なども効果的に機能しており、アルバム全体を単純な「ポップ・アルバム」としてだけでなく、アーティスティックな美意識を感じさせるものとして成立させています。
ただ、世評にある「プログレッシヴ・ポップ」なんて言葉から想起させるものよりはずっと取っ付き易いです。

ディスクのレーベル面はside carが赤、side freezerが青と真反対ですが、この作品の特徴を如実に表しているようにも思えます。
個人的には年間ベストで上位にきそうな予感がしてますし、オススメです。






car and freezercar and freezer
(2014/03/12)
石橋英子

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Kate Bush "The Dreaming"

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Artist: Kate Bush
Album: "The Dreaming"
Label: EMI
Year: 1982

Tracklist
01. Sat in Your Lap (3:29)
02. There Goes a Tenner (3:24)
03. Pull out the Pin (5:26)
04. Suspended in Gaffa (3:54)
05. Leave it Open (3:20)
06. The Dreaming (4:41)
07. Night of the Swallow (5:22)
08. All the Love (4:29)
09. Houdini (3:48)
10. Get out of My House (5:25)


UKの80年代を代表する女性SSWケイト・ブッシュが82年に発表した4th。
日本ではTV番組『恋のから騒ぎ』のメイン・テーマに選ばれた'Wuthering Heaights'(「嵐が丘」)が有名で、その美しい高音ヴォイスと、夢見心地のサウンドスケープにより、どこか「少女性」が強調された認知のされ方をしているように感じます。(1st"The Kick Inside"日本盤ジャケットもそういった捉え方の結果でしょう)

しかし、彼女は若くしてPink Floydのデイヴ・ギルモアにその才能を見込まれてデビューしたことからも分かる通り、元々自分なりの美学に基いて音楽にアプローチしていくタイプでした。
初期の彼女が志向したのは、端的に言えば「演劇性」です。その歌詞の中に現れる様々なキャラクターを演じることは、元来シャイな性格である彼女がステージに上るうえでとても重要なことだったのだと推測されます。
彼女はパントマイム教室に通ったり、あるいは前衛舞踏家のリンゼイ・ケンプに師事するなどして主にパフォーマンス面での強化を図っていますが、それは徐々に彼女の音楽性の根幹をなすまでに大きくなっていくことになります。

そもそもデビュー当初より、行き過ぎた演劇性がそのヴォーカリゼーションにまで影響を及ぼしていた節はありましたが、それが極限まで膨れ上がったのは、3rd"Never for Ever"でしょう。
作中で彼女は様々なペルソナを演じますが、極限まで達したその演劇性は、あたかも「ケイト・ブッシュ」という一個の人格の代替として、歌詞中のキャラクターが彼女に乗り移ったかのような錯覚を覚えさせます。個の感情を超越して他者になりきる、一種のトランス状態こそが彼女の音楽性のカギとなったのであり、それを実現することができたのは、彼女にヴォーカリストとしての卓越した能力があったからに他なりません。

そして今回紹介する4th"The Dreaming"ではその演劇性のさらなるアップグレードが試みられています。
24トラックのマルチ・トラック・レコーダーを、さらに3台同期することで72トラック(正確にはレコーダー同士の同期に1トラックずつ使うらしいので69トラック?)の多重録音から楽曲を構築するという実験的な試みのうえ、彼女はヴォーカル・パートの録音に半数近くの26トラックをかけたそうです。
出来上がった音は、当時のステレオの限界に挑戦するかのように右から左、左から右へと声や音が飛び回り、あるいはそれまでの音楽作品では考えられなかったような奥行きを持ったサウンドになりました。特に音の深さというか奥行きについては、現在でいうところの「音響系」にも通じるような立体感があり、80年代初頭の作品とは信じられません。

音楽そのものにも大きな変化が見られます。
それまでのトラッドなどからの影響が見られる物憂げなサウンドがやや後退し、トライバルとも言えそうなビートの立った、攻撃的でドライな部分が押し出されているのです。
この変化について、アルバムの製作前にピーター・ガブリエルの3作目にコーラスで参加した経験からであると推測されることが多いようですが、正直2曲だけの、それもコーラスのみの参加で大きな影響を受けるというのもちょっとおかしな話ではないか、と思います。

ゲート・リヴァーブ的な音にしても、そもそもXTCの"Drums & Wires"などの例もありますし、民族的なビートへの着目にしろポスト・パンク/ニューウェーヴが隆盛の真っ直中にある時代ですので、至極自然な動きだったのではないでしょうか。
つまり、それらが先にあったというよりは、このアルバムのコンセプトそのものにそういったサウンドが資する部分が大きかったため、採用したのでは、ということ。

コンセプト、というのは勿論ヴォーカルも含めた多重録音による楽曲制作です。
演劇性を突き詰めるうえで、彼女は様々なキャラクターを一つの楽曲上で混ぜ合わすかのように男声女声(そして奇声 笑)や演奏を織り合わせ、背筋も凍るような説得力をもった音を作り上げました。
このアルバムのコンセプトを体現しているのは冒頭'Sat in Your Lap'とラスト'Get out of My House'の2曲ではないかと思いますが、楽曲の中ではハーモニー的に不均衡というか、不協和に陥りそうな瞬間が散見できます。
もちろん、それは狙ってのことであるわけですが、そういった部分の持つ緊張感を強調する装置として、トライバルなビートが採用されたと考えることができるのではないでしょうか。
ビートが抑え気味の楽曲においてはベースが楽曲を牽引する役割を果たしており、こういった楽曲では多重録音によるハーモニーの追求も存分になされています。特に7曲目や9曲目などは圧巻の一言です。

アルバムを聴いてて思うのは、彼女の創作意欲がこれ以上ない程に高まり、もはや暴走しているということ。
ある種の視野狭窄な状態に陥っていたのではないかと思われますが、その執念は非常に見事な形で結実していると思います。(個人的にはJoan of Arcの"The Gap"にも通底するものを感じます)
当時のメディアには酷評されたようですが、強靭な意思と執念により産み落とされたこの作品こそ彼女の最高傑作と評するに相応しいと思います。個人的には5.1chリミックスで聴いてみたい!






ドリーミングドリーミング
(2014/01/29)
ケイト・ブッシュ

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