Various Artists "Day of the Dead"

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Artist: Various Artists
Album: "Day of the Dead"
Label: 4AD/Red Hot Organization
Year: 2016

Tracklist
(多すぎるので割愛します。詳細はこちらを。)


USのインディー・ロック・バンドThe Nationalのアーロン&ブライス・デスナー兄弟の主導により、Grateful Deadのトリビュート作品が、なんとCD5枚というフルヴォリュームにて制作されました。
本作は、かれてよりポップカルチャーを通じてAIDS撲滅のための運動を続けてきたRed Hot Organiztion(フェラ・クティやアーサー・ラッセルなどのトリビュート作もここを通じて出ています)の運動の一環でもあり、2012年以降4年もの歳月をかけて準備されたもののようです。

しかしながら、今回題材に選ばれたGrateful Deadについて、我々日本人がどの程度の実感を持って接しているのか、正直な所疑問に思わざるを得ません。
あのフランク・ザッパですら「一般的なアメリカのキッズの希望」のステレオタイプとしてデッドのライヴという事象を歌詞中に引用している("You are what You is"収録の'Teen-age Wind'冒頭)ことからも、デッドの音楽はアメリカ人のどこか深いところに根ざした音楽である、ということは薄々感じるところではあります。
また、熱狂的なデッド・ヘッズによるライヴのオーディエンス・テープの共有(シェアリング)を許可したり、それどころかテーパー用のブースまでライヴ会場に設置したり、仲介業者を挟まずに直接チケットを販売したり…と今日的な音楽ビジネスの先駆け(どころかまだ数歩先に行ってる?)と見れるような試みもしており、そのことが彼らの音楽に「アメリカ文化の偉大な一部」として根を下ろすことを可能にしたのだろう、という推測など、客観的な事象の分析からはいくらでも言えるのでしょうが、ではそんなことで魅力ゼロの音楽がここまで評価されるのか、というと当然ノーなわけでして、やはりデッドの音楽そのものにアメリカ人の心を掴んで離さない何かがあるのだ、と考えるのが妥当でしょう。
そして繰り返しますが、我々日本人リスナーの殆どは、それをきっと理解/体感できていないのです。

そこへきて今作です。
5時間半にも及ぶ長大な作品の中には、USインディー・ロック界だけでなく様々なジャンルのミュージシャンが参加しています。
最もジャンル的に近しいと思われるオルタナ・カントリー界からはWilcoを初めボニー"プリンス"ビリーことウィル・オールダムやルシンダ・ウィリアムスなどが、電子音楽界隈からはなんとティム・ヘッカー(個人的に一番の驚きでした)が、ジャズ界ではヴィジェイ・アイヤーが、モダン/インディー・クラシックに関係するSō Percussionや、果ては国外よりセネガルのOrchestra Baobabなど、ざっと挙げただけでもカオスとしかいいようのない雰囲気は伝わると思います。

もちろん、彼らの手によりデッドの音楽は様々な変貌を遂げています。
各曲の詳細については、twitterでフォローさせて頂いているAbstellraum(@Abstellraum4)様がブログ記事において簡潔に触れてくださっていますので、そちらをご参照いただければと思いますが、個人的に印象に残ったものに少し触れておきますと、主宰のブライス・デスナーはガルシアのギターを題材に、ライヒ風のミニマル作品(ディスク3の3曲目。タイトルがそのまんま)を構築していますし、ティム・ヘッカー(ディスク2の9曲目)は最早未発表曲と言われても信じてしまいそうな雰囲気です。
その他、ディコティックな原曲をややデカダン気味のデジタルファンクに仕上げたUnknown Mortal Orchestra(ディスク4の5曲目)やはり未発表曲と言われても信じてしまいそうなアイヤー(ディスク4の11曲目)や、がっつり実験音楽のSō Percussion(ディスク5の7曲目)あたりが今のところ特に印象に残っています。
個人的には偏愛している'Deupree's Diamond Blues'("Aoxomoxoa"収録)を誰か(名前通りテイラー・デュプリーとか笑。4AD絡みとはいえティム・ヘッカーがいるんだからやればできたのでは?笑)にやってもらいたかったところですが、それがなかったのは多少残念です。

多少話が脱線気味になりました。
色々なミュージシャン達がデッドを色々な切り口で料理していますが、これは別にデッドそのものが横断的な要素を含んでいるというよりは、それだけアメリカ音楽のイディオムの深奥にデッドが根を下ろしているということの証明なのではないかと思うのです。
そもそもデッドの根本的な音楽性自体、ブルーズ/ブルーグラス/カントリー/ロックンロール/ジャズを主軸として、その先祖としてのUKトラッドを根底に持っていますが、他の要素(サイケデリックやアメリカン・ロック、またはレゲエやディスコ)は時代の要請により同調していった部分が大きいのではないかと思います。
つまりは、後述の方の要素は元々の彼らのイディオムとはちょっとずれている、だからこそ表層的には様々なスタイルの作風が聴けるのですが、やはり根本にはずっしり先述した方の要素(ブルーズ他)が横たわり、普遍的にアメリカ音楽と同化しながら、同時代的な音楽にも同化するという稀有な所作を見せたことがデッドの(アメリカにおける)永遠性/普遍性につながっていったのかな、と思うわけです。
「古くて新しい」あるいは「新しくて古い」、時代性を超越したロック・バンド、それこそがデッドなのかなぁ、と。

これをもって「アメリカ人の感覚と全く一緒だ、私は彼らの感覚を理解した」などと言うつもりは毛頭ありません。
正直な所サイケファンの私としては、デッドはやはりアメリカンサイケの筆頭バンドであることに変わりはありませんし、70年代後半以降の作品をこれから聴くようになるか、というと正直わからないところでもあります。(そもそも、まだ聴けてない作品もたくさん…)
でも、こんなことを考えたのも5時間を超える本作をだらだらと流しながら聴いたからであり、そのおかげでほんのちょっぴりだけ、小さな一個人からしたら無限に等しい地平と時間を有するアメリカの空気と、そこに深く根を下ろしているデッドというイメージが感じられたからなのです。

本作は、デスナー兄弟のというよりは、アメリカそのものの、デッドに対する愛がそのまま形になったようなコンピレーションなのです。
"United States Loves Dead"という感覚、理解できなくて悔しい気持ちはあれ、なんだか羨ましい気がします。


やっぱ一番好きなのはUnknown Mortal Orchestraかなー。
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