アーバンギャルド "ガイガーカウンターカルチャー"

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Artist: アーバンギャルド
Album: "ガイガーカウンターカルチャー"
Label: Universal Music
Year: 2012

Tracklist
01. 魔法少女と呼ばないで (4:23)
02. さよならサブカルチャー (4:37)
03. 病めるアイドル (4:29)
04. 処女の奇妙な冒険 (3:44)
05. コミック雑誌なんかILLかい (5:14)
06. 生まれてみたい (5:00)
07. 眼帯譚 (4:32)
08. 血文字系 (5:01)
09. トーキョー・天使の詩 (3:56)
10. ガイガーカウンターの夜に (5:03)
11. ノンフィクションソング (4:44)


トラウマテクノポップを不敵に標榜するポップ・バンド(ユニット?)、アーバンギャルドのリーダーである松永天馬は、近年稀に見る『愛に溢れたミュージシャン』ではないかと思います。
まるで自意識が暴走しているかのように露悪的で、かつ漫画・アニメ・アイドルソングなどのサブカルチャーから、(純)文学などのハイカルチャーにいたるまでの様々な要素を引用/オマージュして楽曲/歌詞を作りあげるその手法は、個人的な好き嫌いはあるでしょうが非常にハイレベルなものであるということは疑う余地のないことではないかと思います。

インディーズ時代からすでに一筋縄ではいかないポップバンドとして名を轟かせていた彼(ら)ですが、個人的には特にメジャー以降ソングライティングにおける向上が目覚ましく、松永天馬の詩の世界観と見事に相乗効果を生み出す楽曲が書けるようになった印象を持っています。
そして、その傾向が(現時点で)最も良く達成されたのは、2012年に発表された"ガイガーカウンターカルチャー"であるとも。

タイトルからも分かる通り、今作は明らかに東日本大震災を受けての作品、ということができるのでしょうが、正直なところを申しますと、あれはただの切欠に過ぎないのではないかと思っています。
彼らが本作で本当にテーマにしているのは「生きること」そのものではないかと感じるのです。

そもそもが、サブカルチャー愛好家というかオタクというか…な日陰者を自分たちのターゲットとして活動してきた感のある彼らですが、メジャー以降目立って見えてきたのは、そういった日陰者に「生きること」あるいは「生きなくてはならないこと」を容赦なく突きつけることで、あえて鼓舞していくようなスタンスでした。
そういった傾向は、メジャー1stの最終曲'ももいろクロニクル'で歌われた「君の病気は治らない だけど僕らは生きてく」というフレーズにすでに顕著ではありましたが、今作ではアルバムを通してそういったことが歌われているように思うのです。

冒頭の'魔法少女と呼ばないで'からしてその傾向は顕著です。
数年前に流行った(一部で?)アニメ魔法少女まどか☆マギカを明らかにオマージュしたと思われる歌詞の奥に潜むのは、「ありのままの自分を自分として受け入れて生きていくこと」に他なりません。
「なりたいわたし」を魔法少女に見立て、彼女を取り巻く(「なりたいわたしになれないわたし」にとっては)魅惑的な世界を『まちがい』『まどわし』『まがいもの』と切り捨てていく姿勢は、彼らの主たるファン層からすれば、ある意味裏切りにも等しいものではないかと思いますが、しかしそれでも彼らは(そして我々は)「この社会で生きていくしかない」のです。
だって、魔法なんか使えないし。

また、続く2曲目'さよならサブカルチャー'ではそういったサブカルチックな嗜好は、自分自身が望まなくとも時の流れと共に忘れられていく≒大人になっていくことが「世界は終わらない でも少女の私が終わったの」という言葉で無情につきつけられています。(この一節は、個人的に本当に泣けるフレーズだと思いますが)
とにかく、1曲目から最終曲に至るまで、この世界/社会と我々の理想との間の「ズレ」が巧妙な切り口で歌われています。

しかし、我々は「生きていく」、いや、「生きていくしかない」のです。
そして、その「生きていって欲しい」という願いを、松永天馬は最終曲'ノンフィクションソング'にて「生きろ これは命令形だ」と愚直に(メインヴォーカルの浜崎容子とともに)歌うのです。「生きる」ということに対してこんなに真摯な態度をとるミュージシャンが、今どれだけいるというのでしょうか?

原発の問題なんかあろうとなかろうと生きることはそもそも苦しいし、でも私達は死にたくないのです。

インディーズ時代のソングライティングには(トラウマ)テクノポップを標榜するとおり、(ポップの範疇で)ミニマルなというか、淡々とした部分があったと思いますが、メジャー以降はその傾向はなりを潜め、むしろ松永天馬のそういったメッセージを強く打ち出すかのように、ドラマティカル/シアトリカルなものに変化していっており、このアルバムではその方向性がピークを迎えているようにも感じられます。
(昨年の3rd"鬱くしい国"では早くもそのドラマテックさ/シアトリックさをパロディ的に扱っている部分が出てきた印象を受けました)
そういったソングライティングと好対照をなす、浜崎容子のコケティッシュなウィスパーヴォイスも、理想と現実の狭間の微妙な「現実感のなさ」を表現しきっているようで、やはり必要不可欠なものであると思います。

ある意味日本のThe Smithsとも言えるバンドなのかもしれません。
しかし松永天馬は、The Smiths初期のモリッシーのような自覚の無い悪意/呪詛をまき散らす存在ではなく、真の意味で「愛に溢れた」人間なのだと言えます。
これから先にもっと大きな名作を残してくれるであろうと、今から期待しております。


↓Full ver.の埋め込みは無効なようなのでSpotを。是非youtubeで全曲を聴いてみてください。



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