Ulises Conti "Los Griegos Creían Que Las Estrellas Eran Pequeños Agujeros Por Donde Los Dioses Escuchaban A Los Hombres"

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Artist: Ulises Conti
Album: "Los Griegos Creían Que Las Estrellas Eran Pequeños Agujeros Por Donde Los Dioses Escuchaban A Los Hombres"
Label: flau
Year: 2014

Tracklist
01. A (0:53)
02. B (3:01)
03. C (3:15)
04. D (3:34)
05. E (2:34)
06. F (3:24)
07. G (2:49)
08. H (1:52)
09. I (2:00)
10. J (2:29)
11. K (4:07)
12. L (4:09)
13. M (2:26)
14. N (3:23)
15. Ñ (1:40)
16. O (2:10)
17. P (1:26)
18. Q (2:36)
19. R (1:30)
20. S (4:02)
21. T (3:16)
22. U (3:00)
23. V (1:51)
24. W (2:47)
25. X (2:04)
26. Y (0:33)
27. Z (1:33)


今現在「アンビエント」と呼ばれる音楽の中に、まさしくブライアン・イーノが提唱した通りの「アンビエント・ミュージック」は、はたしてどれくらいあるのでしょうか。

イーノの提唱した「アンビエント・ミュージック」の定義は「無視することも、聴くこともできる音楽」というものです。
「聴かせる=意識させる」というのは音楽作品を作る上で非常に簡単である、というよりも、作曲/音楽制作という行為は当然それを主たる目的としていますので、それを達成して当たり前のことと言えますが、「無視させる=意識させない」となるとどうでしょう。
先ほど「聴かせる」ことを音楽を作る主たる目的としたわけですが、それを達成しないことが目的、となると話は違ってきます。作曲行為、すなわち音を(人間の作った)何らかの規則に従って配置する行為により生まれる音の連なり(=音楽)というものは、「自然ではない」という意味で本質的に「不自然」なのですから。

逆に言えば、もし「意識させない」ことが達成されたとして、それは果たして音楽なのでしょうか。
もちろんアンビエントの定義上は「聴くこともできる」という条件付けがなされていますので、このような問題は忌避されています。しかしまず達成されなくてはならないのは「意識させない」ことであり、これは「印象を与えない」という言葉に置き換えることができます。
音そのものはどこまでニュアンスを排除しようとも、何らかの規則にそって配置される以上、聴き手がなんらかの印象/ニュアンスを汲み取る余地を排除することはできません。そのため、他の部分で与える印象を排除する目的で、楽曲のタイトルが非常に無味乾燥な記号的なものである場合が往々にしてみられるのだと思います。

その例に倣ってみれば、ウリセス・コンティの新作に見られる適当とも言えるタイトルの付け方にも納得がいくと思います。
A~Zまでの27のアルファベット(Ñを含む)がそれぞれ冠された楽曲は、短いもので30秒程度から長いものでも4分超とコンパクトに抑えられ、そこで見られる使用楽器やスタイルも様々です。
例としては、2012年のローラ・アリアスとのデュオ作でも見られた、揺れる音響を特徴としたものや、まるでデヴィッド・グラブスのピアノ作品にも通じるような、ピアノの残響に意識を向かわせるもの、フィールドレコーディングを効果的に取り入れたもの、あるいはドローンなどのスタイルが挙げられますが、それらのいずれもがあまりに淡々としていて終結感に乏しいことは一聴して気づくでしょう。
その終結感のなさは物凄いものがあって、アルバム一枚通して聴いていても、「気がついたら終わっていて、終わっていることにすら気づいてなかった」ことが多々あるのです。

音そのものを終結感の乏しいものとすることで音そのものが与える印象を限界までそぎ落とし、27の楽曲にアルファベットをあてがうことで、音以外が生み出す印象を排除することにより、非常に理想的な「アンビエント作品」として成立している作品だと言えそうです。
思えば、アルバムタイトルは「ギリシャ人は、星は神が人々の話を聞く為の小さな穴だと信じていた」という一見、意味性(=印象)が強くありそうに思えるものとなっています。このタイトルから、27の楽曲一つ一つが「神が聴いた人々の声」を表している、と取ることもできそうですが、アルファベットだけを冠した楽曲名や、ヴォーカルなし(数曲はアカペラ的なコーラスがありますけど)の楽曲とアルバムタイトルとの間にそのような関連性を見出すのは実質的には難しく、こじつけになってしまいそうです。

ただ、このアルバムタイトルが醸すセンチメンタリズムが、アルバムに独特のカラーを添えているのも事実。
しかし、アルバム/楽曲の「アンビエント・ミュージック」としての機能を邪魔しない程度に抑えられている、結構絶妙なタイトルだと思うのですが、いかがでしょうか?

アルバムを通してぼーっと聴くもよし、気に入った楽曲を延々リピートして長大なアンビエントとして楽しむもよし、ランダム再生で適当に流すもよし…と、イーノの提唱した定義とよく合致した、非常によくできたアンビエント小品集です。





HMV: Los Griegos Creian Que Las Estrellas Eran Pequenos Agujeros Por
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No title

vuoy様 こんばんは

>ブライアン・イーノが提唱した通りの「アンビエント・ミュージック」は、はたしてどれくらいあるのでしょうか。

これは自分も常常思っていました。
言葉が独り歩きして意味が変わってしまった、ってパターンなのでしょう。
イーノにこだわっていると、
ほとんどのアンビエントが間違えていることになってしまいますし・・・・・・。

ちらっと聴いてみましたが、本作は1曲ずつ抜き出すと
特徴がそれぞれあるので印象に残りやすそうですが、
全編をさりげなく流す感じにすれば、
確かに環境にとけ込めそうな感じがしました。

youtubeのトレーラー動画の不気味さもなかなかでした。


Re: No title

>> GAOHEWGIIさん

こんばんは
「アンビエント」というものの定義自体、かなり拡大されてしまった感がありますよね。
今では「明確なテーマ(主旋律、という意味でなく)を持たず、漠然とした雰囲気を滲ませる音楽」みたいなものが全て「アンビエント」と呼ばれているような気がします。

>ちらっと聴いてみましたが、本作は1曲ずつ抜き出すと
>特徴がそれぞれあるので印象に残りやすそうですが、
>全編をさりげなく流す感じにすれば、
>確かに環境にとけ込めそうな感じがしました。

ほんとに仰るとおりで、各曲を判別できる程度にはそれぞれの曲が特徴的で様々なのですが、
並べて聴いてみるとあまりに散漫というか、どこか分裂症的に「軸がない」感じがするんですよね。
それが不思議な浮遊感というか宙ぶらりんな感覚で、それも非常にアンビエントらしいな、と思います。
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