Tigran Hamasyan "Shadow Theater"

Artist: Tigran Hamasyan
Album: "Shadow Theater"
Label: Verve
Year: 2013
Tracklist
01. The Poet (4:17)
02. Erishta (4:39)
03. Lament (3:47)
04. Drip (4:13)
05. The Year is Gone (2:40)
06. Seafarer (4:29)
07. The Court Jester (5:47)
08. Pagan Lullaby (3:20)
09. Pt 1. The Collapse (5:04)
10. Pt 2. Alternative Universe (6:40)
11. Holy (5:24)
12. Road Song (6:46)
以前ジェイソン・モランの回にて、00年代以降のジャズが面白いということを申しましたが、ジャズ・シーンの中心にいるのが様々なピアニスト達であることは疑いようがないと思います。
先駆者とも言えるブラッド・メルドーを筆頭に、ロバート・グラスパー、ヴィジェイ・アイヤー、ジェイソン・モラン、クレイグ・テイボーンなど、ジャズに新しい空気を持ち込むのは、(少なくともここ十何年の間は)常にピアニストだったのです。
もちろん、ピアノは黄金期からすでにジャズにおける華形楽器として扱われてきましたが、それにしても昨今の躍進ぶりには眼を見張るものがあると言えるでしょう。
思えばピアノは、一人で主となるテーマ(メロディ)とバッキング(ハーモニー)を担当し、そして二声を担当できるがゆえにリズムにまでその手を及ぼすことができる、音楽における三大要素全てをその射程に収めている唯一の楽器です。
そうであるがため、ピアニストにはそれらの三大要素全てに均等に目を(耳を)配ることが要求されますし、逆に言えばピアニスト達はうっとりするほど美しい旋律を奏でている時も、他のプレイヤーたちの即興に呼応したハーモニーを添えている時も、そしてゴツゴツとしたパルスを発している時ですらも、常に「それ以外の要素」について思案を巡らせているのに間違いはないでしょう。こと様々なジャンル/演奏/思想がごった煮になっていると言っても過言ではない現代の音楽界において、そのセンスが磨かれていくのも当然のことと言えるのでしょう。
今回紹介するティグラン・ハマシアンもそんな、現代を生きるピアニストの一人であり、2006年に19歳という若さにしてデビューした俊英です。
彼は東欧のアルメニア出身で、そのためかそのメロディやハーモニーには東欧らしい情緒と、そして妖しさが備わっていました。彼はキース・ジャレットを通して同郷の作曲家グルジエフを再発見したと語っており、今ではアルメニア古謡の蒐集にも熱心とのことで、その姿にはハンガリー及び周辺国の民謡の蒐集及びそれを自身の音楽に反映させることをライフワークとしたバルトークに通底するものも感じます。
もちろん、アルメニアの方がハンガリーより更に東(=西欧より遠く)に位置しているからか、一聴した際のエキゾチシズム(≒西欧音楽との差異)はバルトークのそれよりもより強烈な気もします。
デビュー当時はかろうじてジャズの範疇で活動をしていたようですが、昨年発表した意欲作"Shadow Theater"ではもはやジャズの枠に留まらない、アルメニア音楽を土台としたプログレッシヴ・ミュージックを作り上げました。
本作において、先述のエキゾチシズムの横溢するメロディ/ハーモニーは勿論大きな聴き所ですが、もう一点特筆すべきはやはり変幻自在のリズムではないかと思います。
様々な様態の変拍子により、メロディ/ハーモニーが自在に転換/展開し、楽曲はダイナミックなストーリーラインを描くように叙景的に進行していきます。全ての楽曲がそういった要素を備えており、アルバム一枚聴き終わるときには長編の小説を読み終えたような、あるいは濃い短篇集を読み終えたような余韻が残ります。
独特のリズムが、メロディ/ハーモニーを見事に支え、音楽そのものをよりアーティスティックなものへと昇華していると言えるでしょう。
変拍子といえば、バルトークの楽曲の多くにも見られる要素でした。単純な4拍子だけでなく、様々な拍子をもって楽曲の展開をよりダイナミックなものにする手法は、彼の場合は当然故郷ハンガリーの民謡をベースにしたものです。
勿論、アルメニアの古謡にもそういった要素はあるようですが、ティグランの場合はどうもそこだけがベースにあるわけではないようです。
彼が大きな影響を受けたものとして、故郷アルメニアの古謡と同様に挙げるのが、なんとMeshuggahやTOOLなど、USのプログレッシヴなヘヴィ・ロック・バンドであり、彼の音楽におけるリズムのアイデアとしてはむしろそういったバンドからの影響が大きいとのことなのです。
確かに、彼の音楽には、叙景的な美しさ以外に、どこかグロテスクとすら思える違和感がまるで巧妙に隠蔽された毒のように潜んでいます。東欧のメロディやハーモニーそれ自体も十分に妖しい(時に淫靡にすら思えることも)のですが、彼の楽曲が単に美しいだけのイージーなものになっていないのは、何よりもそういった部分を根源としたリズムだったわけです。
(ちなみに彼は出自を同じくするSystem of a Downについても言及しているみたいです)
まさに、近年のジャズ・ピアニストの例に倣い「メロディ」「ハーモニー」「リズム」の三大要素全てに対し並々ならぬ集中力でもって接したことにより生まれた、真に「プログレッシヴな」音楽と言えるでしょう。
英米以外にルーツを持ち、複数のジャンルを横断しながらも真に「プログレッシヴ」であるという部分でアントニオ・ロウレイロに似ているようにも感じます。
そして、彼の音楽はきっとジャズに留まらず広くポップ・ミュージック界に影響を及ぼしていくのではないかと思うのです。
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