宇多田ヒカル "Fantôme"

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Artist: 宇多田ヒカル
Album: "Fantôme"
Label: Universal Music
Year: 2016

Tracklist
01. 道 (3:36)
02. 俺の彼女 (5:04)
03. 花束を君に (4:38)
04. 二時間だけのバカンス [feat. 椎名林檎] (4:42)
05. 人魚 (4:16)
06. ともだち [with 小袋成彬] (4:23)
07. 真夏の通り雨 (5:38)
08. 荒野の狼 (4:34)
09. 忘却 [feat. KOHH] (5:05)
10. 人生最高の日 (3:10)
11. 桜流し (4:40)


現代日本の誇る女性SSW宇多田ヒカルの、実に8年半ぶりとなる6thアルバム"Fantôme"がリリースされました。
「幻」「気配」(あるいは「亡霊」)を意味するフランス語からつけられたタイトルの通り、本作は2013年に亡くなった母親 藤圭子に対する想いを綴ったアルバムであり、本作の制作は彼女にとって一種のセラピーのようなものだったのだろうと思います。

アルバムは、そんなヘヴィな製作動機を感じさせぬほど爽やかな'道'からスタートします。
軽やかに跳ねるアコースティックギターのフィンガーピッキングと、インディーR&Bのような柔らかさのあるリズムプログラミングが織りなすサウンドに乗せ「It's a lonely road, but I'm not alone./You are every song.」と力強く歌われる様子には母の人生と、自身への影響とを肯定的に捉えている様子が強く感じられます。

しかし、そういった心境に至るまでに紆余曲折があったであろうことは、本作の他の楽曲の歌詞からも窺えるように思います。
歌詞を見れば、シングルカットされた3・7曲目や5曲目などでは母への感謝や、彼女の(永遠の)不在から生じるやり場の無い悲しみが感じられますし、2・4・6曲目などで「表に出すことができない想い」を様々な形で歌い上げる様子からは、宇多田ヒカル自身が母親に感じている感情がポジティヴなものだけでは決してないということがはっきり示されているように思えます。
また、5曲目のラスト(「東の空~」)や10曲目では昨年生まれた息子のことも暗示しつつ、彼女が母の死に悲しさ/寂しさを覚えつつも、その母から授かった命を次世代につないでいきたい、という思いが表現されているようにも感じました。

サウンド面では、今までの作品からすると非常にスッキリ整頓された、生音中心のプロダクションが非常に印象的で、温かく感じられるように思います。
そもそもR&Bからスタートした彼女の音楽は、プログラムされたリズムを始めとする様々な電子音で彩りつつ、印象的な生音を密かに配していることもありましたが、ここまで生音中心で構成した作品は初めてなのではないかと思います。
先述のアコギはもちろん、ジャジーなベースのウォーキングや艶やかなオーケストレーションが見事に彼女の歌をサポートしています。

唱法についても、8年半のブランク(本人曰く「本当に歌わなかった」)が良い方向に作用したのか、今までの喉を絞って擦り切れるようなぎりぎりの感情を滲ませた歌唱から、ストレートな発声にストレートに感情を乗せるようなものに変わっています。
しかし、かつて「1/fの揺らぎ」なんて言われた(この言い方はちょっと眉唾っぽい気がしますけど 笑)彼女の声が持つ微細な揺れ、そしてそこから生じる豊かな表情の変化は相変わらずで、むしろストレートな発声により以前よりも奥ゆかしく滲むような、複雑なニュアンスが聴き取れるように感じます。

また、厳選の上招集されたゲスト陣も素晴らしいパフォーマンスを聴かせています。
かつて「EMIガールズ」としてほんの少しデュオで活動したこともある同期 椎名林檎は4曲目で色気のある歌声を聴かせながら宇多田をリード(MVもそんな感じですね)するような雰囲気で楽しませてくれますし、小袋成彬は6曲目にて、コーラスに徹しつつもその美声を聴き手に十二分に印象づけています。
そしてなにより9曲目にてフィーチュアされたKOHHは本作の目玉とも言えるゲストで、ラップだけでなく、その独特な死生観に基づく「言葉」も提供し、最早この曲だけで言えばKOHHの曲と言っても過言ではないほどに押し出されています。

そしてなにより、ラストに持って来られた'桜流し'には圧倒されます。
元々は2012年に発表された楽曲で、映画『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』へ提供されたものであり、時期的には東北の大震災などを受けて、「命」や「死/別れ」を題材とした楽曲であったと思うのですが、こういった様々な感情が表現された楽曲群の後に、アルバムの締めとして持ってこられることで、母へのポジ/ネガ含めた複雑な思いと、それを最早伝える術がない、どうしようもできないという事実の持つブルージーな感情が渦巻くものとして新たに再解釈され、鬼気迫る魅力を感じさせる楽曲として新たな生命を与えられているように思えるのです。

そもそも彼女は、自身のその時の状況が割りとストレートに作品に現れる、まごうことなきSSWタイプのミュージシャンであったように思いますが、今作はそのことに対する自覚もありつつ制作されたためか、今までの作品より一層内省的で、自己との対話的な作品になったように思います。
個人の好みでは他のアルバムの方が好き、という方もいらっしゃるとは思いますが、本作は、彼女のディスコグラフィを並べた時に、最もパーソナルなものとして、一つのランドマークとみなされることとなるでしょう。


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The Avalanches "Wildflower"

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Artist: The Avalanches
Album: "Wildflower"
Label: XL Recordings
Year: 2016

Tracklist
01. The Leaves Were Falling (0:15)
02. Because I'm Me (4:12)
03. Frankie Sinatra (3:44)
04. Subways (3:10)
05. Going Home (2:06)
06. If I Was a Folkstar (4:33)
07. Colours (3:32)
08. Zap! (1:58)
09. The Noisy Eater (3:14)
10. Wildflower (1:14)
11. Harmony (3:48)
12. Live a Lifetime Love (2:30)
13. Park Music (0:54)
14. Livin' Underwater (Is Somethin' Wild) (1:56)
15. The Wozard of Iz (2:59)
16. Over the Turnstiles (0:41)
17. Sunshine (3:37)
18. Light Up (1:34)
19. Kaleidoscopic Lovers (3:55)
20. Stepkids (4:32)
21. Saturday Night Inside Out (5:07)


サンプリング主体で楽曲を構築していく、ということはそのまますなわち、「複数の時代/土地=位相/階層」を一曲の中で同居させるということに違いなく、各階層間のバランス調整には誰が見ても明らかに時間と熱意が必要になる、という点で、そういった楽曲が破綻なくまとまったものであるということはそれだけでも十分に評価に値するものだと思います。
そして、ナチュラルに「複数の位相/階層」が交じり合うということ、そしてそこから生まれる「予期せぬ印象」こそが、自分達で好みのフレーズを演奏すればよいものをわざわざ他人様のレコードからぐっとくるフレーズをとってきて、それに合う別のフレーズを別のレコードからとってきて…なんて途方もない作業に身を投じるミュージシャン達が求めるものなのではないでしょうか。

オーストラリアのサンプリング・ユニットThe Avalanchesが先日16年ぶりに発表した2nd"Wildflower"にはその「複数の位相/階層の交じり合い」が存分に楽しめる作品に仕上がっています。

アルバムでは様々な音源が使用されています。
19世紀生まれのカリプソ・シンガーや華やかなストリングス、幽玄なメロトロン、古ぼけた木管楽器、ドリーミーなエレピ、ぶっといベースラインにブレイクビーツ…挙げ始めればきりがありませんし、よくもここまでの音を集めてきた(そして、楽曲としてまとめあげた)ものです。
しかも、それがただ単に破綻なくまとまっているというだけでなく、アルバム全体で一つの流れや空気を形成するほどに自然に、作品としての強度を備えているのですから、本当に驚かされます。

各音源の年代は当然のごとく様々なようですが、本作では一貫して60年代のサイケデリック・ロックやソフト・ロック的なフラワーな空気、「未来への大きな夢」のようなものを感じさせる希望に満ちた雰囲気に満ちているのです。
短いイントロのあとの'Beacause I'm Me'からして、力強いブラス、クランチの聴いたギターのコードストローク、古ぼけた女声ヴォイス・サンプルなどの要素のどれからもとても祝祭的な雰囲気が明らかに感じられるでしょう。
続く先行曲'Frankie Sinatra'ではカリプソシンガーの歌声のピッチをちょっぴりいじった印象的なフックに、The Beatlesで言えば'Being for the Benefit of Mr. Kite!'にも通じる、悪夢のサーカス的な空気がブレンドされ、最後には古ぼけたサウンド・オブ・ミュージック('My Favorite Things')に変貌して悪夢と現実の狭間をゆらゆらと漂うような地に足の付かない浮遊感を強く感じさせて終わります。(ちなみに、先行公開verではこの後再度悪夢の世界に逆戻り。MVの方もそんな感じの内容ですね)

その他、6曲目ではドリーミーなエレピがとぎれとぎれにループしたり、9曲目'The Noise Eater'ではピッチこそいじられてますが、あからさまにThe Beatles('Come Together')が使用されていたり、19曲目の'Kaleidoscopic Lovers'ではUKサイケポップのような万華鏡風のギターが、13曲目'The Wozard of Iz'や20曲目の'Stepkids'でいかにも60sマナーなヴォーカリゼーション/コーラス・ワークが聴かれます。
ここに挙げたのはあくまでほんの一部分で、アルバム全編を通してフラワーな雰囲気を体現するフレーズ/手法は溢れていますし、そもそもアルバム・ジャケットはスライの"暴動"なんですから、本作を60年代後半~70年代後半に対するトリビュート/オマージュのような作品と捉えることは何も間違ってないと思います。

また、サンプル自体は60年代のものに限ったわけではないのですが、まるで「ラジオの向こう」の音であるかのように錯覚させる薄いノイズが特定のパートや時には楽曲全体にかかったり、音が強烈に奥に引っ込んだり、かと思えば突然クリアでハイファイな質感になったり、という音響操作を行っていることもアルバム全体を白昼夢的な、サイケデリアを感じさせるものに仕上げるのに一役買っています。
この「ラジオの向こう」と「こちら」を行き来するような音響操作は、前作"Since I Left You"でも見られた要素ではありますが、今作ではメインのテーマ(60sサイケデリック)とこの要素の相性がとても良く、アルバム/楽曲の完成度の高さのうえに、さらに風格のようなものを付加しているように思えます。
ブレイクビーツやラップなど、現代的な要素はあれ、あの時代の名作に並べて売られてても不思議ではないサウンドなのです。

16年も空いてからの2枚目ということで期待値もハードルも爆上げの状況だったと思いますが、前作と併せて聴いてみて、どちらかの出来が上、というのは全く思いませんでした。
要はどちらも同レベルで非常によく出来た作品ということで、あとは好みの問題だと思います。
個人的には、前作がリアルタイムでなかったこともあって衝撃が薄いのかもしれないけど、あからさまに60sサイケな本作の方が好みかなぁ、なんて思ったり(笑)


水曜日のカンパネラ "UMA"

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Artist: 水曜日のカンパネラ
Album: "UMA"
Label: Warner Music Japan
Year: 2016

Tracklist
01. チュパカブラ (4:26)
02. ツチノコ (3:17)
03. 雪男イエティ (3:46)
04. ユニコ (3:37)
05. フェニックス (4:39)
06. バク (5:42)
07. クラーケン (6:28)


コムアイ(主演/歌唱)、ケンモチヒデフミ(作曲/編曲)、Dir.F(左記以外全て)の3人からなるテクノ/ハウス/HIPHOPなポップユニット水曜日のカンパネラがメジャーデビュー作"UMA"をリリースしました。

昨年の"ジパング"がかなり評価が高く、至るところでジャケットを目にしたような覚えがあります。
実際、"ジパング"は本当に作品としてのまとまりや各楽曲の出来が非常に良く、また、それ以前の作品で見られたカンパネラらしさも随所で確認できるという意味で、アノ時点での彼ら3人の音楽の総まとめのような雰囲気すら漂っていました。
(メジャーデビューの話がどの段階で決まったのかは定かではありませんが…)

そしてメジャーデビューとなる今作ですが、端的に言うと(メジャー)デビュー作らしい彼らの基本スタイルとこれからの展望が入り混じった野心あふれる作品に仕上がっていると思います。

今作はおおまかに分けて(狙った曲順ではないと思いますが)3つのパートに分かれます。
1~2曲目は今までの作品でも聴かれたアッパーなナンバー、3~5曲目はメロディ重視のナンバー、そして6~7曲目は新機軸/実験的なナンバーといった感じです。

特に1~2曲目は今までの名曲と比べても遜色のない出来で、また、"ジパング"あたりから前景化していたUK志向(グライム/ガラージあたり?)がより良く消化されたバキバキのトラックと、コムアイのラップ(というか早口言葉というか…?)及び歌唱がアンビバレントな一体感(ちぐはぐなようでがっぷり組み合わさっている)を感じさせる中毒的な魅力が満載です。
歌詞は相変わらず意味が有るのか無いのかよく分かりませんが(汗)

3~5曲目ではやや歌唱の割合が増え、楽曲もリズムよりはハーモニーを聴かせるメロデイアスなものが用意されています。
民族楽器的な音(管楽器)を配して今までの和を感じさせるメロディと組み合わせ、さらにそこに雪山というイメージを投影することでなんちゃってアイヌ風(個人的な印象です)に仕上げた'雪男イエティ'が特に光るとは思いますが、過去の'ドラキュラ'なども想起させる、アコギをフィーチュアした優しいナンバー'ユニコ'や、歌詞通りダークなサンバ(風)の'フェニックス'の2曲も興味深い出来だと思います。

そして、ラスト2曲は今までの彼らからすると随分実験的です。
楽曲の尺も気持ち長めですし、ミニマルな反復や呪術的なハーモニーといった、ちょっと一般受けしなさそうな要素が見られます。(「"UMA"って最後2曲よく分かんないよねー」とか言われないか心配)
個人的には、ラストの'クラーケン'が重心低めのベース、薄く被さるピアノや狂騒的で、もはや効果音と化したものが殆どのリズムトラックに、ダウナーなコムアイの歌唱がまるでツジコノリコのようで、聴いててゾクゾクする意味不明情念系ナンバーに仕上がってて素晴らしいと思うのですが。(ちなみに妻はやっぱり苦手でした。ツジコも苦手って言ってたなー)

なお、3、5、6、7曲目は外部のプロデューサー/ミュージシャンに楽曲を提供してもらており、そういった試みからもメジャーデビューにあたって彼らがこのユニットの守備範囲を広げていこうとしているのが分かるような気がします。
前作に比べるとまとまりという点では弱いものの、メジャーデビュー作としては非常に充実したものであると言えるでしょう。


アーバンギャルド "昭和九十年"

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Artist: アーバンギャルド
Album: "昭和九十年"
Label: KADOKAWA
Year: 2015

Tracklist
01. くちびるデモクラシー (4:18)
02. ラブレター燃ゆ (3:56)
03. コインロッカーベイビーズ (3:58)
04. シンジュク・モナムール (4:32)
05. 詩人狩り (4:05)
06. 箱男に訊け (4:48)
07. 昭和九十年十二月 (9:16)
08. あいこん哀歌 (3:07)
09. ゾンビパウダー (3:49)
10. 平成死亡遊戯 (6:38)
11. オールダウトニッポン (6:10)


日本のThe Smiths(と勝手に自分で呼んでいる)、アーバンギャルドがこの年末にドロップした新作"昭和九十年"はとんでもない力作でした。
2012年の2nd"ガイガーカウンターカルチャー"が、個人的には2010年代上半期のベスト50に選出してしまうくらいの名作でしたが、かなりシリアスに作りこんだ感のあったそれに比べ、昨年の3rd"鬱くしい国"は一転してシニカルなユーモアが満載で、「社会風刺するバンドのパロディをすることで社会風刺する」みたいな諧謔的な姿勢のもので、楽曲の良さにより年間ベストにはランクインしましたが、よくよく聴けば作品としてのまとまりは"ガイガー~"の方が上だと感じておりました。

今作はコンセプトアルバムということで、かなりまとまりのあるアルバムになるであろうことは予想していましたが、正直ここまで素晴らしいものが出来上がるとは驚きました。
楽曲的にはヴァラエティに富んでいながら、「昭和九十年」というパラレルワールドの群像劇として一貫した方向性を持ち、まさに理想的なコンセプトアルバムに仕上がっているのです。

舞台として設定された「昭和九十年」はまさに今現在の日本(2015年/平成27年)のパラレルワールドです。
その世界は戦時中ですが、国民は液晶(テレビ/スマホ/ネット/SNS?)に夢中で全くそのことに気づいておらず、むしろ電脳世界に自らを没入させ、幽霊(のように)なってしまっている、という設定のようですね。
作品通してかなりダークで退廃的なディストピアな世界観が提示されています。

そしてそれは我々の生きる平成27年の鏡写しであり、そして「90年」という数字からさらに1990年代の日本の、世紀末の空気までもが投影された世界です。
前者は勿論、スマホやSNSが当たり前になり、人々がそれに依存してしまっている状況(3、8、9曲目)が主なテーマであり、後者は少年犯罪(6曲目)やネット黎明期の闇/病み(10曲目)を題材として取り上げています。
世紀末の閉塞感と、現代の閉塞感が「昭和九十年」という架空の日本で交錯し、絶望的な状況を作り上げてしまっているのです。

しかし、そんな絶望的な状況でも松永天馬は「人間らしく生きること」を諦めません。
そしてそれは、自分達の想いや心を、「言葉」に、「声」にすることでしか達成できない。
だからこそ彼は1曲目を初めとする多くの楽曲で「言葉を殺すな」「声を殺すな」と何度となくリスナーに訴え続けるのです。
しかも、生真面目と言ってもいいほどの真摯さでそれらのフレーズを繰り返しながらも、シニカルなユーモアを片時たりとも忘れない余裕を持ちえている部分に、私は彼の知性を強く感じるのです。
今作は、政治的にとれる部分が随分とありますが、そのような意味で取られることすらきっと松永天馬は織り込み済みなのでしょう。そういった部分には昨年坂本慎太郎が発表した衝撃作"ナマで踊ろう"にも通じるものを感じます。
また、現代の閉塞的な空気を写したという部分では、Darkstar"Foam Island"などにも類似性を見いだせるかもしれません。

そして、それらのテーマは時に軽やかに、時に重々しく、様々な形で提示されます。
ざっと聴いただけでもお得意のテクノポップ(1、3、8曲目)をはじめパンク(2、4曲目)、デジタル/インダストリアル・ファンク(5曲目)、メタル(6、11曲目)、グリッチーなエレクトロニカ(7曲目)、デカダン塗れのキャバレージャズ(9曲目)、90年代っぽいアンビエント(10曲目)など非常にヴァラエティが豊かですし、そこには日本の童謡的なメロディーが織り込まれ、一般リスナーにもとっつきやすいものになっているように思えます。
メジャー以降のシアトリカル/ドラマティカルな楽曲作りには磨きがかかっていますし、また新メンバー おおくぼけい(ex-ザ・キャプテンズ)のリリカルとオーセンティックなテクノポップらしさを使い分けるプレイや、瀬々信のメタルギターなども今まで以上に目立っており、松永天馬の詩、浜崎容子の歌だけでなく、バンドとしても今まさに絶頂期にあることが伺えます。

そしてラストは松永天馬がつぶやく「昭和九十年」という言葉と、浜崎容子の「平成二十七年」とが交錯し、改めて「昭和九十年」が現代日本の鏡写しであるという警告でアルバムは幕を閉じます。
もうすぐやってくる平成28年/昭和91年、我々は改めて自分達の心を言葉にすることを学び直さなくてはならないのかもしれません。


Jim O'Rourke "Simple Songs"

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Artist: Jim O'Rourke
Album: "Simple Songs"
Label: Drag City
Year: 2015

Tracklist
01. Friends With Benefits (5:25)
02. That Weekend (3:15)
03. Half Life Crisis (4:42)
04. Hotel Blue (3:21)
05. These Hands (3:13)
06. Last Year (5:47)
07. End Of The Road (5:33)
08. All Your Love (6:22)


「ジム・オルーク、14年ぶりの『歌もの』アルバムを発表予定」というニュースを聴いた時、素直に驚きました。
そう言いますのも、私自身の中でなんとなく、2010年のバカラック・トリビュートが彼の思い描く「バカラック」であったのと同時に、彼の理想の「ソング/歌曲の形」の提示であったと信じていたからです。

譜面を元にしているのか即興(というか色々録音した中で選別されたもの?)を元にしているのか、シンプルなのか複雑なのか、心の底からのバカラック愛の発露なのかある種の批評行為なのか…
そういったもののどちらでもありながらどちらでもなさそうな、それでいてサラリとした佇まいは地味でありながらも(また、彼自身が殆ど歌わなかったとはいえ、)オルークの『歌もの』の終着点と言っても過言ではないように思えましたし、次にこの手の作品が発表されるとすれば彼の音楽人生における最晩年だろうなぁ、と漠然と思ったとしても仕方のない出来だったとも思います。(実際、先日発表した2010年代上半期の50枚のうち1枚にも選出させていただきました)
同時発売の『ジム・オルーク完全読本』を読む限りでは私のその印象は完全に的はずれだったわけですが(苦笑)

さて、なにはともあれ随分と久々のポップ作品("The Visitor"からでも6年ぶり)となった本作ですが、まず触れなくてはならないのはメンバーだと思います。
今回の彼のパートナーは、他のプロジェクトでも共に活動する石橋英子山本達久を中心とした日本人演奏者達です。
06年の移住以来、『歌もの』を共につくりあげるのに相応しい面子がようやく集まった、というような旨の発言がありましたが、確かに今作を聴く限りでは技術的な面でも、作曲者であるオルークの意図を汲み取って演奏するという面でも、彼らの力量は十二分に発揮されているように感じます。
部分部分では非常に複雑な演奏を決めつつも、総体的には『シンプル・ソングス』であることを忘れないといいますか、今作では『歌』こそが主役であるということをわきまえたプレイは聴いていて非常に心地が良いです。

そして、何よりも今回特徴的だと思うのは、オルークが彼の音楽的バックボーンをすごく素直に出してきているように感じた部分です。
今作に比べればアメリカンポップスを更新した金字塔"Eureka"ですら、随分と頭でっかちな作品に聴こえてきます。
"Eureka"では間違いなく批評的なあるいは音楽史の研究家的な目線で行われていた作曲/アレンジメントが、今作はシンプルな音楽家としての欲求から行われているように思えるのです。
スライド・ギター一つにとっても、「そこでスライド・ギターが必要」なのではなく「スライド・ギター弾きたかったから弾いた」みたいな潔さがあるように聴こえるといいますか。(実際どうかは分かりませんけど 笑)

オルークももう46歳とのことですし、ある意味音楽家として「不惑」の境地に達したのかもしれません(笑)
色々言いましたが、今までのオルークから考えると「シンプル」づくしのこの作品が聴けることは、私もこの2015年の音楽シーンの中で「素直に」嬉しい出来事だと思います。


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